5/20/2019

仙巌園


2019.4.30

GW帰省。子供の初節句ということもあり、五月幟を見に仙巌園へ。

仙巌園は1658年に島津氏19代当主 島津光久が、薩摩藩主島津家の別邸として築いた。
現在の正門と呼ばれるこの門は、島津氏29代当主 島津忠義が1895年に造らせたもの。



元々正門として使用された錫門。江戸時代は、藩主とその世子しか通ることができなかった。



明治に入ると廃藩置県が行われ、華族令によって公爵の爵位を得た島津忠義は、御殿を本邸として定め改築した。子の島津忠重が跡を継ぐと、居を東京へ移したため縮小されたが、当時は現在の3倍程あったという。



島津氏30代当主 島津忠重の幼少期のものを再現した五月幟は、残念ながら雨天のため丸十紋や桐紋の幟の展示は中止。



島津斉彬は薩摩藩11代藩主に就任すると近代化政策を進め、この地に集成館工場群を築き、艦船の建造や蒸気機関の製造に取り掛かった。その一つであった反射炉の基礎が遺構として残っている。



説明板に掲示されている1872年の磯、集成館周辺の様子。



10号線側にある鶴灯籠は、島津斉彬が御殿から管を引いてガス灯の実験を行なったことで知られるが、それに習って島津忠義が1884年に造らせた獅子乗大石灯籠。



金山採掘のために建てた水天渕発電所の壁の一部。



鶴嶺神社で書き置きの御朱印をいただいた。尚古集成館では「島津氏800年の収蔵」という本と、1990年から著名人を招いて定期的に行われたものが冊子になった講義・講演集を購入。