2/06/2017

鶴嶺神社・仙巌園・照国神社


2016.12.30

甲突川沿いにある維新ふるさと館へ。ここは幕末のものを主に展示してあった。
周辺には、日新斎の「いろは歌石柱」、西郷隆盛や大久保利通らの誕生地石がゴロゴロ点在する。




幕末が好きな人には堪らないのだろうけど、自分にはまだその域に達していないのを再認識しつつ、仙巌園(磯庭園)へ向かう。


仙巌園横に目を引く鶴嶺神社があった。島津歴代当主とその家族までもが祀られている。



神楽殿の後ろに構える本殿は、山々をバックとしさらに威厳が増して気高い。




現在の源頼朝御石塔は、鎌倉市民から寄贈されたものらしい。島津初代忠久の出自について、頼朝落胤説が島津家には伝わっている。



1658年、島津忠恒(家久)の子、光久が島津家の別邸として築いた仙巌園。
錦江湾の奥に桜島を望むことができる。



1871年、廃藩置県で島津家の人々は鶴丸城から移り住み、御殿の改築が行われた。
改築前の御殿。



敷地の一画に、猫神という猫を祀る祠がある。



文禄・慶長の役の際、義弘が朝鮮に7匹の猫を連れていき、猫の瞳孔の開き具合で時刻を推測、複数の箇所を同時刻に奇襲をかけたとか。ここには、生還した2匹の猫が祀られている。


1895年、裏山で採れた樟を建材とした正門が建てられる。



隣接する尚古集成館へ。島津家に関する歴史資料が展示されているが、島津斉彬時代のものが多かった。
物販は、地元だけにネットでは引っかからない書物ばかりで品揃えはいい。島津忠久関連の本もあったので購入した。



市街地方面に戻って、忠恒が築いた鶴丸城へ。その跡地に黎明館が建つ。朱印状から肖像画まで貯蔵・展示されていて、十分に堪能できた。
今もあるかわからないけど、隣接する図書館(自習室)で受験勉強してたなぁ、と思い出に浸ったり。
肝心の鶴丸城の御楼門は現在復元工事中だったけど、2020年には御角櫓とそれを繋ぐ城壁までもが復元されるらしいのでぜひ見てみたい。



観光客が西郷隆盛像の写真を収める一方、ちょうど裏側にひっそり一風変わった石像がある。
これが、じめさあ(持明院様)と呼ばれる亀寿の石像。



彼女は器量に恵まれたとか、恵まれなかったとか両説あるけど、毎年命日に石像の化粧直しが行われるのだとか。
義久の3女として生を受け、嫁いだ久保が文禄の役で病没、その後、政略的に忠恒のもとへ嫁がられる。九州征伐敗戦後には、秀吉に人質として出されたり、数奇な運命を辿った。


薩摩藩第11代藩主(島津氏第28代当主)島津斉彬公を祀る照国神社。
市街地に近く、七五三等で子供の頃から馴染みがあり、当時参拝した記憶が今も残っている。




朱印帳はごく普通。



右手奥にある斉彬公像。
秀吉に降伏から江戸城無血開城までの約280年後、斉彬が人材育成した西郷隆盛、大久保利通らによって倒幕を果たすことになる。


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